1.漫F画太郎『地獄甲子園』(1996-1997)
文:成毛慎吾
| 先日映画化もされた「地獄甲子園」。
あの時期はある種の画太郎ブームだったのかもしれません。アレはなんだったのでしょうか?しかし、映画化されたことにより「地獄甲子園」はすさまじい作品だということが証明されました。多くの人が気にしたと思います。そして、この作品はなぜか連載開始・第2部・第3部・第4部・完結篇の5部構成になっています。その間に通常のコミックスでは数々の名作が入っています。映画と共にソレはまた別の話しですが、是非ご覧ください。 連載開始の頃の「地獄甲子園」は背景・人物などしっかり書き込まれており、意気込みの高さを感じさせてくれます。そして、その中に画太郎先生得意のコピーによるループ、下ネタ・鬼畜的ギャグが高いテンションとの相乗効果で展開され、そこには先の物語を見据えた画太郎ワールドがしっかりとありました。 第2部は連載開始とはうってかわって、思いつきとテンションのみで展開される画太郎ワールドでした。今までのモノを無にしても全く問題ない作品になっています。ここには現在の漫☆画太郎漫画の基礎があると同時に漫☆画太郎漫画の誕生の瞬間があるように思います。それほどのテンションが第2部にはあり、それは連載開始の頃とは比べ物にならないレベルで表現されています。ここで一つのビッグバンが起こっているのです。ものすごい濃密な時間をココでは過ごせます。 ついに第3部は1話で終わります。そのタイトルも「第2部はなかったことにして下さい!!の巻き」です。もう連載とか人気とかどうでもよい。というか、どうにも出来ない。と、分かった先生の開き直ったテンションが詰め込まれた1話になっています。内容は遠慮なしのコピーループと外道ギャグと共に3巻の表紙にもなっているあの名シーンが描かれています。そして、その3巻の表紙にあるタイトルは「くぎぬいて?」です。抜け目なし!です。しかし、どのような絵であったかはここには書きません。予備知識なしで観てください。とにかく、コミックスでもこの迫力ですから、月刊少年ジャンプの大きさで見たらさぞ痛快だったことでしょう。見られなかったことが悔やまれます。そして、このシーンを私はTシャツにしたくてたまりません。つまり、画太郎先生の画がそのままあります。(絵がなくてすいません。見たい人は連絡ください。コミックスを持って行きますので。私と会いましょう。) 第4部も1話完結です。ここはついに下書きがそのまま印刷されています。さらに、1巻をフリとした天丼がここでボケとなっています。素晴らしい。 完結篇。ここでついに「地獄甲子園」に終わります。終わり方も漫F画太郎。何も言うことはありません。最高です。 この中で私が惚れ惚れするほど好きなのは第2部です。漫F画太郎先生だけが出来ることだけが第2部にはあります。怒られるぐらい簡単に言うならばそれは初期衝動だけで描ききる。ということかもしれません。恐ろしいことに1コマ目から最後のコマまでテンションが下がらないのです。それも常人には到底行き着くことの出来ないレベルです。それが一瞬も揺らがない上に、名キャラの誕生、非情なまでの伏線→オチの成功、さらにはあの名台詞「まさに外道」「オゲブリ」によるとどめ。その間にある展開、コマ割り、セリフも1ミリの狂い無く描かれています。特にコマとセリフの一体感は怖いぐらいです。本当に隙がありません。ゆえに何度観ても笑えます。そこには普遍的な表現があります。漫画の神が降りたとしか思えません。それをしっかり捕まえて漫画にしたのです。漫画家だけでなく表現をするモノ全てが羨むほどの表現がここにはあります。 その他にも「地獄甲子園」にはメガネでやんす。くれいじじい。ワンチュ〜。地雷ふんだ!!!あなたはこんな顔で死ねますか?ハルマゲ野球。チョバキュー!!!!!鼻。など、名シーンの連続です。是非、一読ください。 漫F画太郎、漫☆画太郎、漫$画太郎。先生ほど正直な人はいないでしょう。テンションの影響をうけまくり、最高か最低のどちらかしかない漫画家。中途半端の無い鬼のような漫画家。私は一生目を離さないつもりです。しかし、画太郎先生をみなさんはどのようにとらえているのでしょうか?そこに非常に興味があります。 誰か私と「地獄甲子園」全3巻を片手に語り合いましょう。 |